スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

暇だからまた小説書いた。

「サウンドエンハンサー」
聴力を回復させる能力を持った人のお話。
----------

サウンドエンハンサー。
別名は、音の調律師。

この世界、人を含むすべての生き物が聞く音を「調律」する者。
水梨 千景(みずなし ちかげ)。年は22…だと思う。

音の調律。
私は現実には理解できないような「調律」の力を持っている。
それは、聞こえなくなった音を「聞こえるようにする」力。
私は、聴力を回復させる力を持っている。
それは「魔法」。
現実には理解できないような「魔法」。
両手でものに触れる。
両手から溢れる魔法の力を、生き物に触れることで流し込む。
音を構築しなおす作業。
もう、慣れすぎた作業ではあるけど、私は、この力とともにある。
私は、サウンドエンハンサーとして、5年近く人の聴力を回復させてきた。

だけど、私は特別に、サウンドエンハンサーとして特別に活動をしているわけではない。ただ、日常をただ、こくこくと過ごしているだけだ。
ただの社会人にも満たない、空気をつかむような、そんな空回りを続けている。
5年たった今でも、聴力を回復させた人は5人にも満たないような気がする。
聾の人に会う機会もほとんどなかったし、私はそもそも普通の一般人だから。
そもそも、サウンドエンハンサーなんて現実味もないようなもの、普通信じてもらえないから。
普通の一般人が「あなたの聴力を治してあげましょう」なんて、人を小ばかにしているも同然だから。

…多分、これは本心だ。

聞こえない人にとってはそれは当たり前のことで、わざわざそれをネタに持ってくる必要なんてない。

…まあ、多分、この力をもっと推して生きていけば、私はお金持ち、がっぽがっぽの裕福生活なんて目じゃないとは思うのだけれど。
私には、やるべきことがある。

「まだフリーターやってるつもり?」
「っうるっさい!!フリーの作詞家!!!」
「いい加減、目を覚ましたら?そんなんだから、古着屋の300円以下の服しか持ってないんじゃないの?」
「いいでしょ別に!私がやりたくてやってるんだから!」

そう、東京で、フリーの作詞家やってます。
水梨千景。作詞家名、水無知景。

夜に、コンビニのバイトもやっています。
お給料は、手持ちが残らない程度です。

「あんたも、いい加減帰ってきたら?どうせ、生活もままならないし、良い結果も挙げられているわけじゃないんでしょ?」
「うっさい!!!最近はちゃんど仕事もらっでる!!」
「なまっでる」
「うるせ!!!」

私の今の状況を一言で言うと、
たまには田舎の実家に帰ってこいと言われ帰った後、上京した私の不安定な生活を口実に口喧嘩になりました。
なぜ帰省して早々口論になるんだよ。
確かに、どうしても生活が間々ならないときは、親に少し、ほんの少しだけ、お金を貸してもらっている。
そっぽを見続けていた私は、ちらりと母の顔を垣間見る。
眉をひそめていた。
だけど、ただ、無表情で。
怒りとかではないと思う。
そう、ただ、哀れんでいるという様な。

そんな目で私を見るな。

「とにかく!私は帰ってくる気はないから!
っいらいらするなあっ。出かけてくる!」
「待ちなさい千景!!どこ行くの!!」
「本屋!!」
そう叫ぶと、私は逃げるように、家を飛び出した。

「やっちまった…」
私の実家は、約1km先に繁華街がある。
繁華街といっても、買い物ができるようなビルとか、ゲームセンターとか、コンビニ、スーパーくらいしかないのだけれど。
繁華街のとある一角のベンチで、私はため息をついていた。
また、やってしまった。
悪い癖だとは分かっているんだ。分かっているのに。
どうしても、親が相手だと、むきになってしまう。

自分で言うのも何なのだが、私は友人や親戚など、家族「以外」に対しては優しい。
私自身がそうするように努めているから。
私が22年紡いできたこの命は、小学校、中学校、高校、大学という過程で、そのことを学習してきた。
私は一人で生きていくことはできないってことは分かってたし、人に頼ることなしに人は生きていくことなどできはしない。
実際に私が学校で生活する際、たくさんの人に助けてもらった。
それは誰だってそうだ。気付くことができる人と、そうでない人がいるってだけで。
だから、私は他人には優しくするように努めている。
だが、一つの存在を、私はないがしろにしてきた。
「家族」
私は、好きか嫌いかって言われたら、嫌いな部類に入るとは思う。完全に嫌いと言ったらそうではないが。
私という世界から親を隔絶してきたってだけで、特に愛情を受けずに育ったってわけでもないし、格別家庭に何かがあったわけでもない。
そこだけは誤解されたくはないところ。
…自分の人格を形作るものは、自分だ。決して他人なんかじゃない。

…帰りづらいな。
そう、思った。喧嘩するなんていつものことなのに、今日はなんだか帰りたくない。
何なんだろう、この気持ち。
腹がたつわけでもなく、悲しい気持ちになるわけでもなく、ただ、「帰りづらい」。
私にしては珍しい。
まるで自分の感情が、自分の感情でないようで。
…何だか、空っぽだ。
都会暮らしで、知らないうちにエネルギーが磨耗していっているのだろうか。

「…ぶらぶらしようかな」


街が、変わった。
ぶらぶらしてみて、そう思った。
私が田舎を出て半年。
半年で街はここまで変わるものなんだ。
今までこの繁華街は、一言で言うならば「高校生の溜り場」だった。
プリクラ機が大量に設置されたゲームセンター、ファーストフード店、カラオケボックス…
遊ぶものがたくさんあった街だった。
けれど、歩いた道には、それは存在していなかった。
当店は○○に移転しました。
当店は○月○日をもって閉店いたしました。
そんな言葉が、並んでいる。
何があったんだろうな。
残るのは居酒屋や、かろうじてアパレルが残っているだけ。
高校生、溜まれないんじゃないか。

まあ、私はもうプリクラとかいう年でもないからいいんだけどさ。

「…どうしよっかな」

しかし困った。
そんなわけだから、ここには暇をつぶすような場所がない。
せっかく来たのになあ…。どうしようか。

「あ、あの…」
ふと、後ろから呼ぶ声が聞こえた。
私は後ろを振り向く。
短髪の爽やかな風貌の男の子。年は私と同じくらいに見える。
背はそこそこ高い。私は160センチあるが、一回りは大きく…けれど170センチはないように思う。
…どこかで見た気がする。
「水梨 千景だよね?」
彼はそう言った。私のことを知っている人?
「そうだけど」
無粋に私はそう答えた。
それを聞くと、彼は表情を穏やかにし、声を高くする。
「やっぱり!千景だと思ったんだよね!」
「あ、あの失礼だけど、…誰?」
「え、…俺のこと忘れた?」
「忘れたわけじゃないけど…誰か分かんない」
「えー!!!!俺だよ!!中学校の時よく遊んでたじゃんか!佐藤浩輔(サトウコウスケ)!」
「…こうすけ?」
「え、まじで忘れた?」
「…。…あー。確かにそうだわ」
「なにそれ!ショックだわ!絶対忘れてただろ!」
「忘れてはないよ、あんま身長高くなってるし、顔もけっこう変わってたから分かんなかっただけ」
「まっじか。俺そんなに変わったか?」
「…まあ、それなりにね」
「ひっさしぶり!元気にしてたか?今何やってんの?こっちいるのか?」
「ちょ、いっぺんに色々聞きすぎ!」
「あ、わーりい」
「っ変わんないなあ」
私はそう言うと、軽く笑みをこぼした。

佐藤浩輔。私の小学校、中学校の同級生。
家はそれほど近いわけでもないけれど、小学校3年のときに一緒のクラス、隣の席になったことで、急激に仲良くなった。
おそらく、周り女子を抜いて、一番仲がよかったのではないかと思う。
…珍しいと思う。感情の変わり目の小3の時に、一番男の子と仲良くなるなんて。
私たちの友人関係は、高校が別になるまで続いていた。
毎回一緒のクラスになるわけではなかったけれど、一緒に帰ったりはしていた。
高校に入ってしばらくも、メールなどのやりとりはちょこちょこしてたんだけれど、遊ぶってことは無くなったから、浩輔の風貌には数年のブランクがある。
分からなくても当たり前だと思う。
中学校から20センチ近く大きくなって、顔も以前より精悍になっていたし。

「まず、1個目、元気にしてたか?」
「うん、そこそこに」
「次、2個目、今何やってんの?」
「東京で、色々」
「え、まじ!?東京いんの!?」
「まあ、色々やることあって、大学出て上京したんだよね」
「へえー!すっげえな」
「親は今でも反対してんだけどね」
「でもすっげえんじゃねえの?俺は応援するよ」
「…ありがと、浩輔」
「…ということは、今帰省中か?」
「そういうこと」
「そか。こっちにはいないんだな」
「まあね。浩輔はなにやってんの」
「俺は大学じゃなくて医療福祉の専門学校行ったんだよ。訓練士やっててさ」
「え、い、意外」
「んだべ」
「今日は休みなの?」
「まあ、ね」
「ふうん、昔は政治家になって日本を変えるとか言ってなかった?」
「冗談に決まってんだろ!何で大真面目に受け取ってんだ!」
「やりかねなかったから」
「なんでだよ!」

…ああ、そうだ。
小学校、中学校から感じていた温かな感情。
浩輔がいることで笑っていられた、あの日常。
懐かしいな。

「浩輔、今何してたの?」
「あ、買い物。靴欲しくってさ、ちょろっと出てきたわけ」
「一人?」
「うん」
「…」
「あれ、千景も?」
「うん」
「そしたらさ!せっかくだしさ!ちょっと遊ぼうよ!どうせお前も暇だべ!?」
「どうせって何どうせって」
私はそっぽを向きながらも、口元には笑みを浮かべていたような気がする。
「いいよ」
「っやった!」
子どものように喜ぶ浩輔。
今年で22歳のはずだろう。もう少し、落ち着いたらどうなんだ。
この短時間の再会で、そんなことを思ってしまった。
浩輔は何も変わっていなかった。あの時と同じで、子どもっぽくて、気さくで明るい浩輔だ。
…私はどうなのだろうか…。
「行こうぜ!」


得る生き物が子どもというならば、失う生き物が大人であると、私は思う。
実際に、私は大人になって友達という友達との関係が徐々に消えていっている。
大学も卒業して、フリーになって、バイト先の人と、たまにくる作詞関係の人としか関係を保たなくなって、
私は十二分に、変わってしまったのだと思った。知らないうちに、そうやって変わってしまうんだと思った。
「いやー、走って職場行ってるからさ、靴すぐボロボロになんだよ、ほんと買えてよかったわっ」
「なんで走ってんの、チャリ使えばいいのに」
「いや、健康にいいかなと思って」
「あ、そう」
「興味ないんかい!」
「うん、とっても興味ない」
「おい!」
でも今隣にいる、この気さくな友人は、何も変わっていないように思えた。
他愛もない話をするだけで、温かさも、輝かしさも感じる。それがとてもうらやましく思えた。
佐藤浩輔。私が「得る」ものが多かった時代に手に入れたもの。
もう失ってしまった…いや、忘れていたと言ってもいい、そんなかけがえのない関係と再び出会えたことに、私は喜びを感じていた。

----------
続きはそのうち!

スポンサーサイト

テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

カテゴリ
Profile

Sancarea Record

Author:Sancarea Record
【Sancarea Record】
小説と音楽の融合

小説の中身に基づいた、ストーリー性の高い音楽を作る同人音楽サークル。
作詞・作曲・歌唱・小説執筆を行う割とマルチな中の人によって運営。

0歳 ごく一般的な、魚の香りが漂うおうちに生まれる。
2歳 姉のピアノを見よう見まねで勝手に弾き始める。
7歳 早めの中二病を発症し、ポエムを書いたり漫画を描いたり小説を書き始める。
18歳 知人にLive8の使い方を教えてもらい、作曲の楽しさに目覚めDTMを始める。
19歳 ピアノ弾き語り活動を通して人前で歌い始める。作詞を始めた。
20歳 同人音楽というものがあるということをネットを通じて知る。同人音楽サークルに所属しながら活動。
21歳 コンテストの帰りにピアノボーカルとしてスカウトされ、バンド活動を始める。
24歳 所属サークルの解散を機に、Sancarea Record設立。

現在、作詞・作曲・歌唱・小説執筆・バンド など、多方面にわたり活動する。


楽曲の視聴は、活動履歴からお願いします。
お問い合わせ先→y.blue-season.i-1989☆hotmail.co.jp(☆を@にしてくださいませ)Sancarea Record宛





バナー

当サイトのリンクを貼る際、ご使用ください。 http://singplaycreate1011.blog102.fc2.com/
カウンター
Link
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。